東日本大災害、7年経つのに「科学的検証」の進捗状況が見えない。「情感報道」に浸るのは危険。

 3月11日。東日本大災害から7年が経ちました。

今なお、自宅に帰れずに仮設住宅や親族・知人宅などに身を寄せている避難者が7万3000人以上います。この間、沢山のメディアが、避難民のいら立ちや、お亡くなりになった方の無念、御親族の悲しみ、現地農水産業の経済的な打撃、あるいは大災害がもたらした様々な悲劇などを伝えてきました。基本的に、すべて善意に基づく報道です。しかし、この大災害をいかに乗り越えるか?それを真剣に考えるとき、もっとも大事なのは今、現地で環境、生物に何が起こっているか?その結果、これから何が起こるか?それを冷徹に見つめる「科学的検証」ではないでしょうか?「情感報道」に比べ、「科学的検証」の情報量があまりに少な過ぎる。

 東日本大災害は地震、津波、原発事故の3つがセットになって起こったものです。地震、津波は「天災」ですが、原発事故は、明らかに日本国の政治、行政、産業、もっと言えば原子力行政にあまりに無知で無関心だった我々、国民一人ひとりが引き起こした「人災」です。福島には現在も放射能レベルが高く「帰宅困難地域」に指定されている地域があります。この地域の野生動物の染色体や、骨髄に異常が起こっていることが、いくつかの公的機関の研究でわかっています。放射能による影響と見られています。ただ、その異常が、それぞれの個体、あるいは種全体に及ぼす影響は、まだ十分解明されていません。

それでは人はどうなのか?人にどんな影響が及ぼしているのか?どこでどんな研究がなされているのか?情報開示が進んでいるとはいいがたい状況です。確かに、この問題はデリケートです。しかし、「科学的な検証」を抜きに、情感に浸って憤っても、何も解決しない。この7年間を振り返って、私が得た教訓は「科学的な検証」に関する情報は、待っていても入ってこないということ。自ら積極的に得ようとしないと入ってこないということです。3月11日、被災地に、静かに黙とうを捧げた後、そんなことを考えました。

 写真は2011年4月、石巻市でボランティアに参加した時に撮影。すさまじい光景でした。もちろん、いまはもう復旧が進み、きれいです。それではみなさん、また来週。ごきげんよう。

 

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