デジタル化には「副作用」もあるはず!

 みなさん、お元気ですか?コロナの感染拡大、緊急事態宣言で記者会見も取材も、ほとんどリモート。すっかり「おこもり電脳記者」と化してしまった今日この頃です。

 さて今回のパンデミックで、あらゆる領域でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進展しています。感染症ですから、その対策は「非接触」が望ましい。DXが進展するのは当然のことです。しかし、何をどこまで進めるべきか。。。。デジタル技術活用のメリットはわかるが、そこに思わぬ副作用が潜んでいやしまいか。デジタルに疎い私には、まったくわからない。

 

 せっせ、せっせとリモートのアプリをPCや、スマホに取り込んでいますが、登録した場合、また活用した場合、そのデータはどこに行って、どう使われるのか。登録の際、細かい文章を書いた同意書みたいなのが出てくるのですが、そんなんイチイチ読んでられない(スピード社会ですからね)。そのたびに不気味な気持ちがよぎります。しかし、人間はすぐに慣れる。日々の喧騒に紛れて、そのうち麻痺し、不気味さも薄れていくでしょう。

 カナダのジャーナリスト、ナオミ・クライン氏が数年前に出版した著書で、戦争や災害など社会が非常事態を迎えると、政府が平時にはできなかった管理、監視体制強化に乗り出し、一部の巨大企業が有利になる政策を打つことが多々あると警鐘を鳴らしていました。

 デジタル技術活用による感染症対策は今、必至であることは論を待ちません。しかし、技術の中身、システムの流れがあまりに複雑で難解。もしかしたらもう政府も、大企業もすべてを掌握することは不可能になっているかもしれません。

 人工知能(AI)が人間の知能を超える、いわゆるシンギラリティ(技術的特異点)が将来、起こるか、起こらないか。そんな論議が、ここ10年来、識者間で活発に行われてきたわけですが、それ以前にモノとインターネットをつなぐIOTが急速に進展し、私たちが、それを当然のように使っている今、シンギラリティが起ころうが起こるまいが、すでにデジタル技術は、人間が制御できないところまで複雑に絡み合っている気がします。

 コロナ禍で鬱屈する中、デジタル技術を活用しているうちに、人の思考や、交流までデジタルのように無味乾燥化し、情緒、情感がすり減っていくようなら、それもDXの副作用ではないでしょうか。。。。そんな風な憂いを感じる今日この頃です。

 ただ、最近、デジタルネイティブの20代の若者が「スマホもSNSは必需品だけど、時にめんどくさい。スマホもSNSもない世界。そんな世界も経験してみたかったなあ」とつぶやいているのを聞いて、なんだか、優越感を感じ、少しうれしくなりました。つくづく自分は昭和のおっさんだなあと再認識しました(笑)。

 写真は、三省堂書店の喫茶店で。。。それではみなさま、素敵な一週間をお過ごしください。

 

 

 

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