自らの大誤報を「iPS森口バッシング」にすり替えて恥じないテレビ、大新聞

 iPS細胞の臨床応用が虚偽だったとかなんとかで、テレビも大新聞も、森口何某を、猛バッシングしてるけど、そもそも初めに取り上げたのは、あなたたちではなかったか?もしあなたたちが、取り上げていなければ、森口氏は、単なる妄想癖のある、おじさんに過ぎなかった。今になって、マイクを向けて「言った事は、うそだったんですね!!!」なんてヒステリックに怒ってみせて。。。すべて森口何某のせいにしている。しかし、取材合戦にのぼせてまともな確認もせずに、揃いもそろって大々的に取り上げたあなたらに罪の認識はないのか?東大とか、ちょっと名の通った機関の肩書きがあるだけで、検証もせず、コロッと信じて大騒ぎした。テレビも、大新聞も、もはや権力のチェックどころか、権力崇拝だ。というか、政界、官界、財界と並ぶ、ただの権力機構にしか見えない。都合が悪くなると相手のせいにして、映像やペンの力で強引に、もみ消し、すっとぼける。終わっている。

 

清涼感溢れる山中教授のお人柄

 
 ips細胞の開発でノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった山中伸弥京都大教授。その真摯な発言に心を打たれました。テレビのインタビューを受けて「医療技術や創薬に結び付けて社会に貢献するのはこれから。早く研究室に戻りたい」と、いたって謙虚。浮ついた様子ひとつ見せない。さらに「この技術を社会に応用する際の倫理や、規範についてできるだけ早く議論する必要がある。このままでは研究が先に進んでしまう」と、世の中に警鐘も鳴らしていました。同じ番組に出ていた高校時代の恩師も、さすがに只者ではなく、「素直に喜べない。ご苦労様、これからがんばれと言いたい」と、実用化に向けた奮闘をけしかけていました。イノベーション、イノベーションと声高に叫びながら、その実、人を欺いて金を掠め取るような狡すからいビジネスが蔓延する中、一服の清涼剤に出会ったような気がしました。なんだか元気と勇気が湧いてきましたよお!!では、みなさま!!素敵な一週間をお過ごしください!

動画はグレゴリー・コルベールの映像。合成一切なし。美しくも静かで優しい世界です。

 

 

上滑りするMRセミナー

 最近、MRを対象にしたセミナーが目白押しですが、その大半が、 「eディテーリングが大事だ」とか、「自社品の宣伝だけではなく、疾患全体を見たアプローチを」とか、「専門性を高めろ」とか、決まりきったことを、さももっともらしく語るだけで終わってしまい、行くと「はあ?それで終わりぃ?」って拍子抜けすることが多いです。そう考える根拠の説明は全くなし。せいぜい、「変化への対応」とか言うくらい。変化すればいいってもんじゃないのに。しかも、じゃあどうすればいいのか?具体的な提案は全くない。その程度なら、各社の営業部門長や教育担当者は十分、自覚しているんじゃないでしょうか?大抵、「MRの発展に寄与する」という大義名分がついているんですが、己(オノレ)には、逆にMRを食い物にしているようにしか見えません。総数も6万を超え、いまや7万人に近づきつつあります。この先、きっと頭打ち、削減もありましょう。医薬品卸のMSも、着々と力をつけています。病院の訪問規制も厳しくなり、調剤薬局市場が徐々に拡大しています。MRが将来に不安を抱くのも無理はありません。いま必要なのは「気合い」や「掛け声」ではなく、「具体的な戦略」ではないでしょうか?

で、写真は近所の和菓子屋で撮影。十五夜団子。ちょーうまそう。(ガラス越しで、うまく撮れませんでした。失礼!)。9月30日は十五夜だったそうですが、関東平野は大嵐。お月見どころじゃなかったですね。ではみなさま、今週も健やかにお過ごしあれ!!

  
 

診断薬の「お値段」が課題

  効き目のある患者を、あらかじめ特定して医薬品を投与する「個別化医療」が、本格化してきました。今年に入って、ファイザーの肺がん治療薬ザーコリ、協和発酵キリンの白血病リンパ腫治療薬ポテリジオが承認されました。当然、患者を選別する診断薬もセットで承認されるわけですが、この診断薬がものすご高あーい。これまで診断の保険点数は2000点(2万円)を超えたものはなかったのに、ザーコリ投与前の診断薬6250点、ポテリジオはなんと1万4000点でっせ。検査だけで。。ところがいまは治療薬と診断薬のセットにした「個別化医療」に対応する検査点数の算定ルールがない。今回の値決めは、きっと試行錯誤だったはず。次回、改定の検討課題になりそうです。

で、写真は近所で見つけた古い看板。「しつけ」って、あんまり言わなくなりましたね。お母さんのイラスト。なんか、味がある(笑)。さて先週22日の夕刻から振り出した雨を起点に、季節はすっかり秋になりました。雨の前は夏、雨の後は秋って、今年は、わかりやすすぎです!みなさん、体調にお気をつけて、素敵な一週間をお過ごしください!!夏もいいけど、秋もいい!!ダハッ(笑)

 

7番目のARB、5番目のDPP4阻害薬登場!!

 オリンピックは金、銀、銅の3位までしか入賞できませんが、生活習慣病関連市場の医薬品は、3つなんてもんじゃないです。今年6月、武田薬品が7番目の高血圧治療のARB「アジルバ」、そして9月、田辺三菱と第一三共が5番目の糖尿病治療のDPP4阻害薬「テネリア」を発売しました。もちろん、既存薬以上の有効性は担保されているのでしょうが、なんかなあ~。素直に喜べない。各社練りに練った戦略があるのも理解できるんですが、なんというか。心が躍らないというか。スカッとしない。といったらある業界人曰く。「井高ちゃんね。ダメだよ、そんな考えじゃ。オリンピックは入賞だけが、目標じゃないでしょ。参加することに意義があるとも言うじゃない」。確かに参加に至るまでにも、常人の想像を絶する努力があるんですよね。でもねえ。でもねえ。と、煮え切らないまま、お開きとなった夜でした!!

で、写真は先週、西新宿で撮影。このビル形が面白い!!でも名前がわかりませーん。ダハッ。それでは、みなさま、まだまだ暑いですが、素敵な一週間をお過ごしください!!

 

 

 

ボールペン授受さえ、利益相反!?

  先日、医学界と製薬業界の利益相反の問題で、とある先生(医師)を取材した際、ハッと気づかされることがありました。釈迦に説法ですが、利益相反とは、お互いにモノや、無償サービスを提供したり、受けたりして、当事者同士が本来の社会的な使命を忘れ、かえって社会に害を与えることです。例えば、ある患者さんがいて、その症状を見るとA社の医薬品投与が最も適切なのに、医師がB社から接待を受けたがために、B社の医薬品を投与する。この時、医師と製薬企業の関係は、患者さんが本来、享受すべき利益に反して、害をもたらしている。利益相反である。ということになります。で、己(オノレ)が取材したのは利益相反に最も厳しい先生。メモを取っている己の手元を見て言うんです。「例えばあなたが使っている、そのボールペン。製薬企業の名前が入っていますね。私は、そういうものを手に取った途端に、呼吸困難に陥るんですよ」と。。。。。くうっー、しまったあー。綺麗に1本取られたあ。そんな感じがしました。ボールペン使っても自分の社会的な使命を歪めなければそれでいいのではないか?そうも思ったんですが。先生は「企業が自社製品を宣伝したいという意図に、乗ること自体、すでに歪んでいるんです」と。。。ボールペン使用も、ランチョンセミナーも、接待も、みんなダメという、お立場でした。いやあ、専門ジャーナリストになって、20年超。もう一度、自身の姿勢、足元を、しっかり確認しなければいけません。とはいえ、ボールペン。「貰わず、使わず」が、できるかどうか。また、すべきかどうか。まだ、はっきり結論が出ていません。今、読んでいる「神の火を制御せよ~原爆をつくった人びと~」(パール・バック著、小林政子訳、径書房)という本の中で、登場人物が科学者の基本姿勢を語るくだりがあります。「我々は命令に服したり命令を下す仕方は知りません。しかし、規律はあります。我々の規律は、人生でもっとも厳しいもの・・・・・・・・自己規制です」(186、7頁)。このくだり。己のこととして受け止めようと思います。

で、写真は先週取材で訪れた東大構内。三四郎池(正式名称は育徳園心字池)です。まったく手入れしていない。そのまんま。ちょっと見は、ジャングル(笑)。しかし、ここは東京のど真ん中。それが却って風情を呼び込んでいるようでもあります。明治時代。夏目漱石の主人公も、このまんまの風景を目に写したことでしょう。ではみなさん。今週も楽しく充実した一週間をお過ごしください!!!

 

行雲流水、まだ遠し

  あれも、これも、それも、どれも、かれもと、やるべきこと、したいことが毎日、沢山あって、とてもじゃないけど、身体ひとつではとても足りない己(オノレ)です。時間を有効に使いたいから、毎日大体、予定を立てます。で、予定がうまくこなせると、スッキリ。「おお、己よ。おまえ、なかなかやるじゃないかあ」と、大変、気分がよくなるんであります。しかし、問題は、予定通り行かない時、電車が遅れて設定時間が乱れたり、パソコンがフリーズして仕事が停滞したりなどなど。「ホント、勘弁してくれよお」って叫びだしたくなる。でも、考えてみりゃ、人間、生きてること事態、ままならぬ。もともと、すべてを、予定通り進めようとすること事態、不可能なことなんですよね。思わぬハプニング、すぐには解決できない問題を前に、イライラしたところで、事態が改善するわけもなし。どうしようもないことは、どうしようもないままに、不安は不安のままに、悩みは悩みのままに。淡然と進んでいく。行雲流水。そんな大人に早くなりたあーい!!!

で、写真は近所の商店街で撮影。この夏、最後のお祭りかな?では、みなさん、今週も楽しく素敵な毎日を!!!

 

MR「生誕100周年」は勘違い!?

 製薬企業MR「国内生誕100周年」ってことで、色々な催しがあるようですが、現場のMRに全く浮かれた様子はありません。株式会社のセールスマンと、薬物情報の提供・収集を担う医療人という、本来、両立しにくい使命のハザマで、相変わらず揺れ動いています。そもそも製薬企業からして、株式会社であり、生命関連製品の取り扱い業者であるという対極的な2つの足場に立っているわけですから、もう揺れ動くのは、しょうがない。いわば宿命と言っていいでしょう。ところで、先日あるMRと話していて、己(オノレ)が「100周年」って言ったら、こんな言葉が返ってきました。「国内MRはまだ生まれて100年も経っていません。価格決定権が卸に移った91年からだから、まあせいぜい20年です。それ以前は、プロパー。MRであったためしはないです。それを100周年なんて。完全に勘違いしています」。うーん、そういわれてみると、確かに、そうかも知れません。現場は浮かれてらんないってことでしょう。

で、写真は、先週撮った空。もう秋の気配が・・・。と書くつもりで、撮ったんですが、まだまだぜーんぜん暑っいじゃないですかあ~!!では皆様、今週も元気に明るく行きましょう!!

 

医療は「過程」ではなく、「結果」で評価すべき

  厚労省の役人は、よく「日本は急性期病床が多い。一定程度、慢性期病床にシフトする必要がある」と主張します。一見、正論のようですが、どうでしょうか?国民、患者にとって、そこが急性期病床だろうが、慢性期病床だろうが、知ったこっちゃないからです。疾患を、最後までしっかり治してくれる病院がいい病院なんです。もうこれ以上、〇〇病床群、▲▲病床群とか、厚労省が管理しやすくするためだけの、小難しい病床区分は新設しないで欲しい。むしろ、国民、患者が理解できない、こんなわかりづらい区分は一度、すべて撤廃して、まっさらにすべきなんです。入院医療を、患者に施した医療行為と、その回数、看護師の数、入院期間の長短で評価するのも馬鹿げている。だって患者が求めているのは結果なんです。看護師が多かろうが少なかろうが、沢山、医療行為をしようがしまいが、入院期間が長かろうが、短かろうが、そんなことはどうでもいい。最終的に、しっかり、治れしてくれるかくれないかが大事なんです。患者一人ひとりの改善度合い、満足度で、評価すればいい。要するに過程ではなく、結果で評価すべきなんです。なぜ、そうしないのか?おかしな話です。

で、写真は荻窪の喫茶店で撮影。超癒される快適空間でした。BGMも己の好きな環境音楽みたいのがかかってて最高!!名前は・・・。チェックし忘れました(^^;)。ではみなさん!今週も楽しんでいきましょう!!おーっ!

 

 

「サバ」を「タイ」と同等に扱っちゃダメでしょ!!

  確か5月23日のことでした。医薬品の費用対効果を巡る議論で、中医協の森田朗会長(学習院大教授)が、「タイ(新薬)の群れで、タイに優劣を付けるのは難しい。しかし、タイの群れに紛れ込んだサバ(既存薬で代替可能な医薬品)を見つけるのは案外、簡単ではないか」と述べました。要するに、サバを見つけるために、費用対効果を評価すべきという意見です。これに対して白神誠氏(日大薬学部教授)が先週24日の国際医薬経済・アウトカム研究学会(ISPOR)日本支部のセミナーで、「森田氏の喩えは、正しくない」と指摘しました。白神氏は「製薬企業は何も、敢えてサバを作ってるわけではない」とし、正しく言えば「養殖のタイの群れ(既存薬で代替可能な医薬品)の中に、天然のタイ(新薬)を連れてきて、『これは養殖ではありませんよ』と言っているのだ」と発言しました。一瞬、何をおっしゃられているのかわかりませんでした。「新薬」と「既存薬で代替可能な医薬品」は、「タイ」と「サバ」ほど違いははっきりしておらず、見分けるのが、簡単ではない。その差は「養殖のタイ」と「天然のタイ」くらい外見上わかりにくいものだ、ということでしょうか?己(オノレ)は、ここで、あんまり、目くじら立てて、どっちの喩えが正しいと言う気はありません。しかし、白神氏が最後に言った一言は、疑問に思います。「サバだったら見ただけですぐにわかる。だとしたら、新たなコスト、労力をかけて費用対効果を評価する必要はない」。そういったのです。果たしてそうでしょうか?「タイ」と「サバ」か、「養殖のタイ」と「天然のタイ」か。どっちの喩えが適切かはともかく。確かに、いまだって、「新薬」と「既存薬で代替可能な医薬品」ははっきりわかります。例えば、7番目のARBとか、海外では効用が認めらない睡眠薬とかは、既存薬と比べて新しいか、新しくないかという意味で言えば新しくない。「既存薬で代替可能な医薬品」だ。要するに「サバ」です。にもかかわらず、他の新薬と同様のルールで、高い薬価が付くのが問題だと思うんです。既存薬の特許が切れる間際に、既存薬で代替可能な医薬品が、臨床試験の安全性だけを振りかざし、いかにも「新薬でござあーい!」という顔をして出てくる。こういう医薬品に、「新薬」としての薬価を付けていいのでしょうか?少なくとも、初めの薬価算定で、何らかの措置があってもいいのではないでしょうか?「サバなら見ただけでわかる」という白神氏の見解には同意します。しかし、明らかに「サバ」とわかっているのに、なす術もなく、新薬として高い薬価が付く。そこが問題だと思うのです。そこに費用対効果の評価を導入して「これはサバです」と、明確に断定し、それなりの扱いをすべきだと思うのです。

で、写真は近所で撮影。ひまわり。なんてったって、この人。夏大好き。太陽大好き。猛暑の中で、すくっと立ってニコニコでしています!!やっぱいいやね。素敵です。人が、炎天下に突っ立ってニコニコしていたら、ヤバイですけど(^ ^;)。では、まだまだ夏真っ盛り。みなさま、体調に気をつけて!よい一週間をお過ごしください!

 

 
 
 
© 2026 薬新プラザ|医薬品業界の「本質」を発信するサイト